画は拙作にて、
「法然上人像 女人往生」です。
油彩F10号
☆雨模様。
今日から九月、長月(ながつき)ですねぇ、今年もあと4ヶ月です。
画題につき、
◆http://1000ya.isis.ne.jp/1239.html
松岡正剛の千夜千冊 2008年05月08日
◎思構編 1239夜
法然
選択本願念仏集
岩波文庫 1997
[校注]大橋俊雄
選択(せんちゃく)とはすなわちこれ取捨の義なり。
弥陀の本願は専ら罪人の為なれば、
罪人は罪人ながら名号を唱へて往生す。
これ本願の不思議なり。
いったい法然はなぜ専修念仏を選択できたのか。
そもそも念仏とは何かのか。
なぜ念仏のような易行が往生とつながるのか。
親鸞に先立って日本仏教を革新した法然の、
その革命性が奈辺にあるかということに、
今夜はしばらく酔っていたいと思う。
ご参照あれ!
◆http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-419.htm
◎法然を語る ?法然と女性たち
広島大学大学院教授 町 田(まちだ) 宗 鳳(そうほう)
き き て 草 柳 隆 三
より抜粋、
草柳:特に今回のお話はとりわけその中で当時の女性たちがどう法然の教えを受け止めたのか、
ということですね。
町田:はい。平安中期辺りからだんだん女性の社会的地位というのはよくなりつつあったと思うんですが、
宗教的にはあくまで女性は罪が深い、と。罪人である、と。
もし悟りを開きたければ、一度男性に生まれ代わらなければいけないとか―
それを「変生男子(へんじょうなんじ)」というんですけれども―
女性を宗教的には低くみる見方、それが非常に強かったわけですね。
そういう時に法然さんが現れて、男性も女性も区別なく、すべての人が救われていく。
むしろ今まで無視されていた弱い立場の女性の方が、阿弥陀様が真っ先にお救いになる人たちだ、と、
そういう一種の逆転の発想をやってのけたわけです。
草柳:そういう意味では、女性たちにとっては法然の教えというのはもの凄く新鮮に映ったんでしょうね。
町田:そうでしょうね。女性たち自身が、
「あなたたちそのままで、女性は女性のままで、罪があろうがなかろうが、
生まれつきのままで救われていくんですよ」と、言われた時、非常に驚いたでしょうね。
草柳:今お挙げになった主張できる女性はともかくとして、
圧倒的に多かったのは主張ができなかった女性たちでしょう、社会的には。
町田:そうなんです。多くの女性はおそらく文字も読めない、教育の機会を与えられていなかった。
そして先ほど申しましたように、一度亡くなってから来世において男性に生まれ変わらないと―
これを「変生男子」と言うんですけれども―悟りを開けない。
救われることがないという、そういう考えが常識になっていたわけですね。
そしてどうしてもだんだん武家社会になりますから、
男性に従うような、服従するような立場に置かれていた。
その人たちをまったく平等な人間観で扱った方が法然さんじゃないかなと思っています。
草柳:もう一ついわば極めつけというべき問答が、遊女との間にもあった、ということですね。
町田:そうですね。これは非常に物語性のあるエピソードですね。
草柳:ちょっとそれを見てみましょう。こういう言葉なんですが、
述所(のぶるところ)、誠に罪障(ざいしょう)かろからず。酬報(しゅうほう)又はかりがたし。
弥陀如来汝がごときの罪人の為に、弘誓(ぐぜい)をたて給へる其中(そのなか)に、
女人(にょにん)往生の願いあり。然(しからば)則(すなわち)女人はこれ本願の正機(しょうき)也。
念仏は是(これ)往生の正業也(しょうごうなり)。
(「室(むろ)の津(つ)の遊女に示されける御詞(おことば)」)
これは、最後に「室の津の遊女に示されける御詞」とあるんですが、
これは法然が讃岐に流された道中のことだそうですね。
町田:そうですね。今で言えば、兵庫県の瀬戸内海に面した相生(あいおい)の海辺りに、
今も室津(むろつ)がございますけれども、
あそこで京から讃岐に流される中途にお寄りになったと思うんですよ。
これから四国に渡るという時に、法然さんを乗せた舟を追いかけてきた小さな舟がありまして、
そこに何人かの遊女が乗っていたわけです。
おそらく船乗りたちを相手に春をひさぐ、そういう商売をしておられた女性だと思うんですけども、
彼女たち自身が非常に苦しんでいる。
私たちは人に侮(あなど)りを受けるような職に就いている。
そしてこういう汚らわしい身だと地獄に堕ちる、と、そのように人からも言われているし、
自分たちもそのことで悩んでいる。どうすればよろしいんでしょうか、と、
法然さんの舟を追いかけて来て質問をしたわけです。
それに対する法然さんのお答えが今の文章ですけども、まずこの前半に、
「あなたたち、確かに職業に就いていることは罪が深い。できるものならお止めなさい」と、
まずおっしゃるわけですね。「しかし生活の糧がどうしても他にないのならそのままでもよろしい。
罪は非常に深いですから、来世どういうことがあるかわからないんだけども、
人間というものはそれぞれに運命がありますから、私はあなたたちを裁きません。
もし他に食べていく道がなければ、そのままお念仏をしなさい」と。
そういうくだりが前半にあって、こういう言葉が出てくるんですけども、
「阿弥陀如来というのは、みなさんのような罪人ですね、
罪の深い人のために本願をお立てになったんだから、心配は要らない。
阿弥陀様が女人往生の願をお立てになったんだから、
まさに阿弥陀様が救おうという真っ正面にいるのが、
みさなんのような弱い立場に置かれた女性なんですよ。その自分たちの罪をそう嘆くなかれ。
決して自分を卑下してはいけません。そしてあなたたちを救う力を持っているのが念仏、
その念仏は是(これ)往生の正業也(しょうごうなり)と。
あらゆる仏教の修行の中で最善の修行であるから、安心してお念仏を称えていきなさい」と。
これも非常に現実に即した答えだと思うんですよ。
「できるなら止めなさい。だけども止められないやむを得ない事情があるなら、
それはそれでよろしい。そのままでいきなさい。
ただお念仏をして阿弥陀さんの本願力を信じて生きていけばいいんですよ」と。
本当に現実に即した話しぶりですよね。そこには描かれていませんけれども、
おそらく聞いた遊女たちははらはらと涙を流して、
法然さんに手を合わせてお念仏を称えたんじゃないか、と、そういう光景が想像されてきますよ。
☆http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/K/K-sako/20090129/20090129235046.jpg
『法然上人絵伝』
町田:その一例として鎌倉幕府の北条政子(ほうじょうまさこ) (源頼朝の正妻:1157-1225)ですね―
尼将軍と呼ばれるぐらい坂東武者も恐れをなす強い女性だったらしいんですけれども、
彼女が法然さんに再々手紙を書いて教えを求めていますからね。
当時の政治権力の中枢にある女性が、法然さんの教えを乞うというのは、
やはり彼は社会的な階層に拘らず、いろんな立場の人の女性に平等に話をしていた
という証拠と考えていいですね。北条政子は権力者とは言え、
実際に非常に辛い立場におられたと思うんです。二人の息子を亡くしておりますし、
母として、妻として、そして晩年は政府機関の最高権力者として、もう板挟みになって、
その心中は本当に苦しいものがあったと思うんですよ。
簡単には人に弱みを見せることができない立場ですよね。そういう人が
法然さんに長々とお手紙を書いて、いろいろ道を求めた。
またそれに対して法然さんも丁寧に答えている。
だからよほど当時法然の存在感というのは大きかったように思いますね。
草柳:北条政子に宛てたと言われるのがこれなんですが、
深く仏のちかいをたのみて、いかなるところをも嫌わず、一定(いちじょう)迎え給(たも)うと信じて、
疑う心のなきを深心(じんしん)とは申し候なり。いかなる過(とが)をも嫌わねばとて、
法にまかせてふるまうべきにはあらず。
(「浄土宗略抄(じょうどしゅうりゃくしょう)(鎌倉二位の禅尼へ進ぜられし書」)
これはどう解釈すればいいんですか。
町田:これは仏様はどなたもお救いになる。一切分け隔てなくお救いになって、
必ずみなさんを御浄土でお迎えなさる。そのことを疑わない。
それを信心、深い信仰というんですよ、と。
しかしながら如何に阿弥陀仏にそういう本願があったとしても、それにかまけて、
決して権力を横暴に振る舞ってはいけませんよ、と。
やはりその立場の人にもっとも適切なアドバイスをしていますね。
北条政子もその気になれば、どんなことでもできた立場におられたわけですが、
あなたはやはり戦でたくさんの部下、兵士を亡くしてしまうような立場にありますけれども、
一心に念仏しておれば間違いなく御浄土にいけます。
しかしながら重々その身をわきまえて、決して権力を横暴に振る舞うようなことがないように、
と釘をさしているわけですよ。
草柳:北条政子と法然というのは直接会ったことがあるんでしょうか?
町田:それは記録には残っていないんですが、彼女は熊野詣(くまのもうで)などに出掛けていますから、
おそらく都に立ち寄って当時既に評判の高かった法然さんに会われた可能性は相当高いと思います。
じゃないと、こうして親しげに手紙を交わすということはなかったと思うんですね。
記録に残っているもの、残っていないもの、ございますけれども、
相当な数の人が法然さんにお会いになって、
いろんな立場からアドバイスを求めていたんじゃないかな、と思います。
ご参照あれ!
これは、平成二十二年二月二十一日に、NHK教育テレビの
「こころの時代」で放映されたものである
拙作、二枚目、
「遊行上人(ゆぎょうしょうにん)一遍像 御賦算」です。 水彩 32cm x 40cm 紙
一遍(いっぺん):
延応元年(1239年)〜正応2年(1289年)(満50歳没)。
法然の孫弟子に当たる聖達の下で10年以上にわたり浄土宗西山義を学ぶ。
鎌倉時代中期の僧侶。時宗の開祖。「一遍」は房号で、法諱は「智真」。
一遍は時衆を率いて遊行(ゆぎょう)を続け、
民衆(下人や非人も含む)を賦算(ふさん)と踊り念仏とで極楽浄土へと導いた。
画題につき、同じく、
◆http://blog.goo.ne.jp/inemotoyama/e/690bfc07a552f7709e4615e4c33d5bc5
耳を洗う 2007-01-27
◎法然上人を語るとき欠かせないのが<女人往生>である。
昔から、女性には内にがあり、外にのある身だといい、
仏になることもできなければ、極楽浄土に生まれることもできない、と説かれていた。
とは古代インドの輪廻思想で、
梵天王・帝釈天・魔王・転輪聖王・仏身になることを妨げる五つの障害のこと。
とは、幼い時には父や兄に、嫁しては夫に、老いては子に従わなければならないことをいう。
過去の諸仏典はすべて女人往生をまともに取り上げず、
女性の死後は冥府(死後の世界)を彷徨って定着できる場所がないとされていたのである。
女人の救いをはばんでいるのは浄土ばかりではない。
今世でも霊山・霊地、例えば高野山や比叡山などは女人の登山を嫌い、
東大寺の大仏も遥か彼方からしか拝めず、扉のうちに入ってお詣りできなかった。
女人に救いの道を開いたのが浄土教であった。
浄土教の根本経典とされる「無量寿経」は、
阿弥陀仏がいまだ修業中で法蔵比丘(ほうぞうびく)と呼ばれていた頃、四十八の誓願をたてられた。
その第三十五願は<女人往生>が主題である。
「たとい我れ仏を得たらんに、その女人にあって我が名字を聞き、歓喜信楽(かんぎしんぎょう)
して菩提心を発(おこ)し、女身を厭い、寿(命)終の後未だ女像たらば正覚(しょうがく)を取らじ」
(「私も浄土に往生したいと願い、仏道に励む心を起こす女性がいたならば、
身を男性に変えて往生させてあげる。万一、身を変えられず女性のままだったら、
自分は仏にはならない」という願。)
これを「女人成仏の願」もしくは「変成男子(へんじょうなんし)の願」とも言うが、
法然上人はこの第三十五願について、きっぱりと「疑いあり」と
自著『無量寿経釈』で言い切っているという ☆(寺内大吉著/『法然讃歌』参照)。
法然上人を浄土教に導いたのは中国僧・善導和尚だが、
その善導さえ「変成男子の願」の域を脱せなかったのに、
法然上人は「女性は女性のままの姿で浄土に往生できる」と説いたのである(大橋俊雄/『法然入門』参照)。
以下ご参照!
☆寺内 大吉(てらうち だいきち、1921年 - 2008年)
1960年「はぐれ念仏」で直木賞受賞。
1991年から2001年までは浄土宗宗務総長。
法然讃歌 生きるための念仏 中公新書, 2000
↑
例外的に信濃「善光寺」は女人に開放されておったとか。
拙作、三枚目、
「薔薇を持つ女」です。 水彩 32cm x 40cm 紙
修羅の巷は、
◆http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2013083100314
時事通信 2013/08/31
◎「証拠あるなら示せ」=ロ大統領、シリア攻撃けん制
【モスクワ時事】
ロシアのプーチン大統領は31日、シリアのアサド政権による化学兵器使用を断定した米国に
「証拠があるなら提示すべきだ」と迫り、軍事介入に向けた動きをけん制した。
また9月5、6両日のサンクトペテルブルクでの20カ国・地域(G20)首脳会議時に
オバマ米大統領らとシリア問題を協議したい意向も示した。
訪問先のウラジオストクで記者団に語った。
オバマ大統領は、G20直前にモスクワで予定されたプーチン大統領との会談をキャンセル。
米政府高官もG20に合わせた米ロ首脳会談は未定としているが、
何らかの形で接触する可能性はある。
◆http://rockway.blog.shinobi.jp/
ROCKWAY EXPRESS
◎シリア反政府勢力:化学兵器攻撃は自分たちが行ったと認める
◆8月31日
8月27日号や29日号で指摘されたように、シリアの化学兵器はシリア政府のものでも、
シリア政府側が使用したものではなく、
下記の記事によれば、サウジアラビアが反政府勢力側に供給した兵器であり、
それが誤って爆発したものだと言う。
AP通信のガヴラク記者がインタビューした反政府側要員らが、その旨を語っているという。
これはアメリカが言うことと真逆であるが、
アメリカ側は、本日、アサド政権側が化学兵器を使用した、という決定的証拠を示すと言っていたが、
出された内容は、まるっきり、決定的な内容ではなかった。
やはり、と言うべきである。
アメリカは決定的証拠などは掴んでいないのであり、それは事実と異なるから、永久に出てこないものだ。
ただ、いつものごとく、アメリカのユダヤ系メディアはシリア攻撃を可能にする、
そういった政府の発表に難癖をつけることはやろうとしない。
それで国民の反発がそれほどなければ、オバマ政権はシリア攻撃を決断するかもしれないが、
アメリカ国民が政府の出した「決定的」証拠とやらに納得できない、
という声を挙げれば、シリア攻撃は決断できないであろう。
そして、29日号で指摘された、ロシアのプーチン大統領がサウジのバンダル王子の脅しに激怒し、
ロシア軍にもしもシリア攻撃があれば、ロシア軍はサウジアラビアを攻撃せよ、と命令したという話が
イスラム世界で大きな衝撃を与えているようで、
その話がまんざらデマでもなさそうだという状況になっているようなので、
アメリカやNATO諸国側も迂闊にシリア攻撃をしかねる情勢になっていると言える。
プーチンが本当にロシア軍にサウジ攻撃を命令している、となれば、
シリア攻撃がなされた場合、サウジアラビアが攻撃される可能性は非常に高い。
実際サウジアラビアではそのため、全軍が警戒態勢に入っているという。
プーチン大統領の性格や今までの歩みを見れば、やるとなればやる男であることは、疑えないからだ。
従って、オバマ大統領はロシアのプーチンと争って、サウジを犠牲にしてまでシリアを取るのか、
という選択肢を前に逡巡することが考えられる。
当然逡巡すべきであり、結論的には、シリア攻撃を断念すべきである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
●シリア反政府勢力:化学兵器攻撃は自分たちが行ったと認める
http://www.infowars.com/rebels-admit-responsibility-for-chemical-weapons-attack/
【8月30日 Paul Joseph Watson Infowars.com】
ダマスカス郊外のゴウタ地区にいるシリアの反政府グループはAP通信のデイル・ガヴラクに対して、
先週の化学兵器事件の責任は自分たちにあると認めた。
この事件では欧米側がアサド政権の軍によるものとしているが、
事件はサウジアラビアによって供給された化学兵器の操作を
反政府グループの者たちが誤ったために起きた事故の結果であるという。
「ゴウタ地区の医者、住民、反政府側要員とその家族らとのインタビューから、
多くの人々は、反政府グループの者たちがサウジアラビアの情報長官であるバンダル王子から
化学兵器を受け取ったということと、
その者たちによって致死性ガスによる攻撃が行われたと考えている」とガヴラクは書いた。
反政府グループの者たちはガヴラクに対して、彼らは化学兵器を取り扱うに際して充分な訓練は受けておらず、
更にはそれが何かということを告げられてもいなかったと語った。
これらの兵器はアルカイダ系テロリストのジャバト・アル・ヌスラに渡されることになっていたようだ。
「我々はこれらの兵器にとても興味があった。そしてまずいことには、
この兵器の扱い方を間違ったものがいて、爆発を引き起こしてしまったのだ」と、
Jと名乗る一人の要員がガヴラクに語った。
彼の話は別のYという女性要員の話と似ていいる:
「彼らはこれらの兵器が何か、どう扱うかなど語らなかった。我々はそれが化学兵器だとは知らなかった。
我々はそれがまさか化学兵器だとは思わなかった」
反政府グループ要員の父親でアブ・アブデル・モネイムという者がガヴラクに対して、
「息子は二週間前に来て、運ぶように言われている兵器について、それがなんだと思うかと言っていた」と語り、
それが「管のような形をしている」と語ったが、他の者たちは「大きなガスボンベみたい」だと言っていた。
この父親はサウジアラビアの戦士でアブ・アイェシャという者が兵器を供給した、と言っている。
アブデル・モネイムによれば、この兵器はトンネルの中で爆発し12人の反政府勢力の者たちが犠牲になったという。
「インタビューした12名以上の反政府戦士らは、彼らの給料はサウジ政府から来ていると言っていた」
とガヴラクは書いている。
この内容が正しければ、アメリカのシリア攻撃への動きと完全に矛盾することになるだろう。
デイル・ガヴラクの信頼性は非常なものだ。
彼はAP通信の中東特派員を20年間やってきており、その他にも、NPRの仕事をし、
さらにBBCニュースに記事も書いている。
この話が最初に掲載されたウェブサイトである Mint Press
(現在はこの記事のため膨大なアクセスがあり、その結果ダウンしている)は、
ミネソタ州のキチッとしたメディアである。ミネソタ・ポスト紙が昨年このグループを紹介した。
サウジアラビアが反政府グループに化学兵器を供給しているという話は、
サウジがシリアのアサド大統領への支持をやめなければ、
来年のソチでの冬季オリンピックにテロ攻撃を仕掛けるとロシアを脅したことを考えれば、驚くべき話ではない。
オバマ政権は今日、アサドの政府軍がこの化学兵器攻撃の背後にいる、ということを証明するため、
情報活動で得た内容を明らかにすることになっている。
アメリカの高官らは、ニューヨーク・タイムズ紙に、
アサド大統領とこの攻撃とを直接結び付ける「決定的証拠」はない、と言っているにもかかわらずだ。
アメリカの情報関連高官らは、AP通信に対して、
アサドの犯罪行為を証明するという情報は「決定打」にはならない内容のものだ、と語った。
今週初めに我々が報じたように、盗聴された情報はシリアの国防省が、
シリア化学兵器課に攻撃の数時間後に、問い合わせする電話を何度もかけてパニック状態であった
ということが示されているが、それはアサド大統領が命令したものではなかった、
ということを示唆しているものだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
↑
これでもやるのか? キ印ユダメリカ!
害務省は余計なことを言うなよ、国益を損なうな。
「法然上人像 女人往生」です。
油彩F10号
☆雨模様。
今日から九月、長月(ながつき)ですねぇ、今年もあと4ヶ月です。
画題につき、
◆http://1000ya.isis.ne.jp/1239.html
松岡正剛の千夜千冊 2008年05月08日
◎思構編 1239夜
法然
選択本願念仏集
岩波文庫 1997
[校注]大橋俊雄
選択(せんちゃく)とはすなわちこれ取捨の義なり。
弥陀の本願は専ら罪人の為なれば、
罪人は罪人ながら名号を唱へて往生す。
これ本願の不思議なり。
いったい法然はなぜ専修念仏を選択できたのか。
そもそも念仏とは何かのか。
なぜ念仏のような易行が往生とつながるのか。
親鸞に先立って日本仏教を革新した法然の、
その革命性が奈辺にあるかということに、
今夜はしばらく酔っていたいと思う。
ご参照あれ!
◆http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-419.htm
◎法然を語る ?法然と女性たち
広島大学大学院教授 町 田(まちだ) 宗 鳳(そうほう)
き き て 草 柳 隆 三
より抜粋、
草柳:特に今回のお話はとりわけその中で当時の女性たちがどう法然の教えを受け止めたのか、
ということですね。
町田:はい。平安中期辺りからだんだん女性の社会的地位というのはよくなりつつあったと思うんですが、
宗教的にはあくまで女性は罪が深い、と。罪人である、と。
もし悟りを開きたければ、一度男性に生まれ代わらなければいけないとか―
それを「変生男子(へんじょうなんじ)」というんですけれども―
女性を宗教的には低くみる見方、それが非常に強かったわけですね。
そういう時に法然さんが現れて、男性も女性も区別なく、すべての人が救われていく。
むしろ今まで無視されていた弱い立場の女性の方が、阿弥陀様が真っ先にお救いになる人たちだ、と、
そういう一種の逆転の発想をやってのけたわけです。
草柳:そういう意味では、女性たちにとっては法然の教えというのはもの凄く新鮮に映ったんでしょうね。
町田:そうでしょうね。女性たち自身が、
「あなたたちそのままで、女性は女性のままで、罪があろうがなかろうが、
生まれつきのままで救われていくんですよ」と、言われた時、非常に驚いたでしょうね。
草柳:今お挙げになった主張できる女性はともかくとして、
圧倒的に多かったのは主張ができなかった女性たちでしょう、社会的には。
町田:そうなんです。多くの女性はおそらく文字も読めない、教育の機会を与えられていなかった。
そして先ほど申しましたように、一度亡くなってから来世において男性に生まれ変わらないと―
これを「変生男子」と言うんですけれども―悟りを開けない。
救われることがないという、そういう考えが常識になっていたわけですね。
そしてどうしてもだんだん武家社会になりますから、
男性に従うような、服従するような立場に置かれていた。
その人たちをまったく平等な人間観で扱った方が法然さんじゃないかなと思っています。
草柳:もう一ついわば極めつけというべき問答が、遊女との間にもあった、ということですね。
町田:そうですね。これは非常に物語性のあるエピソードですね。
草柳:ちょっとそれを見てみましょう。こういう言葉なんですが、
述所(のぶるところ)、誠に罪障(ざいしょう)かろからず。酬報(しゅうほう)又はかりがたし。
弥陀如来汝がごときの罪人の為に、弘誓(ぐぜい)をたて給へる其中(そのなか)に、
女人(にょにん)往生の願いあり。然(しからば)則(すなわち)女人はこれ本願の正機(しょうき)也。
念仏は是(これ)往生の正業也(しょうごうなり)。
(「室(むろ)の津(つ)の遊女に示されける御詞(おことば)」)
これは、最後に「室の津の遊女に示されける御詞」とあるんですが、
これは法然が讃岐に流された道中のことだそうですね。
町田:そうですね。今で言えば、兵庫県の瀬戸内海に面した相生(あいおい)の海辺りに、
今も室津(むろつ)がございますけれども、
あそこで京から讃岐に流される中途にお寄りになったと思うんですよ。
これから四国に渡るという時に、法然さんを乗せた舟を追いかけてきた小さな舟がありまして、
そこに何人かの遊女が乗っていたわけです。
おそらく船乗りたちを相手に春をひさぐ、そういう商売をしておられた女性だと思うんですけども、
彼女たち自身が非常に苦しんでいる。
私たちは人に侮(あなど)りを受けるような職に就いている。
そしてこういう汚らわしい身だと地獄に堕ちる、と、そのように人からも言われているし、
自分たちもそのことで悩んでいる。どうすればよろしいんでしょうか、と、
法然さんの舟を追いかけて来て質問をしたわけです。
それに対する法然さんのお答えが今の文章ですけども、まずこの前半に、
「あなたたち、確かに職業に就いていることは罪が深い。できるものならお止めなさい」と、
まずおっしゃるわけですね。「しかし生活の糧がどうしても他にないのならそのままでもよろしい。
罪は非常に深いですから、来世どういうことがあるかわからないんだけども、
人間というものはそれぞれに運命がありますから、私はあなたたちを裁きません。
もし他に食べていく道がなければ、そのままお念仏をしなさい」と。
そういうくだりが前半にあって、こういう言葉が出てくるんですけども、
「阿弥陀如来というのは、みなさんのような罪人ですね、
罪の深い人のために本願をお立てになったんだから、心配は要らない。
阿弥陀様が女人往生の願をお立てになったんだから、
まさに阿弥陀様が救おうという真っ正面にいるのが、
みさなんのような弱い立場に置かれた女性なんですよ。その自分たちの罪をそう嘆くなかれ。
決して自分を卑下してはいけません。そしてあなたたちを救う力を持っているのが念仏、
その念仏は是(これ)往生の正業也(しょうごうなり)と。
あらゆる仏教の修行の中で最善の修行であるから、安心してお念仏を称えていきなさい」と。
これも非常に現実に即した答えだと思うんですよ。
「できるなら止めなさい。だけども止められないやむを得ない事情があるなら、
それはそれでよろしい。そのままでいきなさい。
ただお念仏をして阿弥陀さんの本願力を信じて生きていけばいいんですよ」と。
本当に現実に即した話しぶりですよね。そこには描かれていませんけれども、
おそらく聞いた遊女たちははらはらと涙を流して、
法然さんに手を合わせてお念仏を称えたんじゃないか、と、そういう光景が想像されてきますよ。
☆http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/K/K-sako/20090129/20090129235046.jpg
『法然上人絵伝』
町田:その一例として鎌倉幕府の北条政子(ほうじょうまさこ) (源頼朝の正妻:1157-1225)ですね―
尼将軍と呼ばれるぐらい坂東武者も恐れをなす強い女性だったらしいんですけれども、
彼女が法然さんに再々手紙を書いて教えを求めていますからね。
当時の政治権力の中枢にある女性が、法然さんの教えを乞うというのは、
やはり彼は社会的な階層に拘らず、いろんな立場の人の女性に平等に話をしていた
という証拠と考えていいですね。北条政子は権力者とは言え、
実際に非常に辛い立場におられたと思うんです。二人の息子を亡くしておりますし、
母として、妻として、そして晩年は政府機関の最高権力者として、もう板挟みになって、
その心中は本当に苦しいものがあったと思うんですよ。
簡単には人に弱みを見せることができない立場ですよね。そういう人が
法然さんに長々とお手紙を書いて、いろいろ道を求めた。
またそれに対して法然さんも丁寧に答えている。
だからよほど当時法然の存在感というのは大きかったように思いますね。
草柳:北条政子に宛てたと言われるのがこれなんですが、
深く仏のちかいをたのみて、いかなるところをも嫌わず、一定(いちじょう)迎え給(たも)うと信じて、
疑う心のなきを深心(じんしん)とは申し候なり。いかなる過(とが)をも嫌わねばとて、
法にまかせてふるまうべきにはあらず。
(「浄土宗略抄(じょうどしゅうりゃくしょう)(鎌倉二位の禅尼へ進ぜられし書」)
これはどう解釈すればいいんですか。
町田:これは仏様はどなたもお救いになる。一切分け隔てなくお救いになって、
必ずみなさんを御浄土でお迎えなさる。そのことを疑わない。
それを信心、深い信仰というんですよ、と。
しかしながら如何に阿弥陀仏にそういう本願があったとしても、それにかまけて、
決して権力を横暴に振る舞ってはいけませんよ、と。
やはりその立場の人にもっとも適切なアドバイスをしていますね。
北条政子もその気になれば、どんなことでもできた立場におられたわけですが、
あなたはやはり戦でたくさんの部下、兵士を亡くしてしまうような立場にありますけれども、
一心に念仏しておれば間違いなく御浄土にいけます。
しかしながら重々その身をわきまえて、決して権力を横暴に振る舞うようなことがないように、
と釘をさしているわけですよ。
草柳:北条政子と法然というのは直接会ったことがあるんでしょうか?
町田:それは記録には残っていないんですが、彼女は熊野詣(くまのもうで)などに出掛けていますから、
おそらく都に立ち寄って当時既に評判の高かった法然さんに会われた可能性は相当高いと思います。
じゃないと、こうして親しげに手紙を交わすということはなかったと思うんですね。
記録に残っているもの、残っていないもの、ございますけれども、
相当な数の人が法然さんにお会いになって、
いろんな立場からアドバイスを求めていたんじゃないかな、と思います。
ご参照あれ!
これは、平成二十二年二月二十一日に、NHK教育テレビの
「こころの時代」で放映されたものである
拙作、二枚目、
「遊行上人(ゆぎょうしょうにん)一遍像 御賦算」です。 水彩 32cm x 40cm 紙
一遍(いっぺん):
延応元年(1239年)〜正応2年(1289年)(満50歳没)。
法然の孫弟子に当たる聖達の下で10年以上にわたり浄土宗西山義を学ぶ。
鎌倉時代中期の僧侶。時宗の開祖。「一遍」は房号で、法諱は「智真」。
一遍は時衆を率いて遊行(ゆぎょう)を続け、
民衆(下人や非人も含む)を賦算(ふさん)と踊り念仏とで極楽浄土へと導いた。
画題につき、同じく、
◆http://blog.goo.ne.jp/inemotoyama/e/690bfc07a552f7709e4615e4c33d5bc5
耳を洗う 2007-01-27
◎法然上人を語るとき欠かせないのが<女人往生>である。
昔から、女性には内にがあり、外にのある身だといい、
仏になることもできなければ、極楽浄土に生まれることもできない、と説かれていた。
とは古代インドの輪廻思想で、
梵天王・帝釈天・魔王・転輪聖王・仏身になることを妨げる五つの障害のこと。
とは、幼い時には父や兄に、嫁しては夫に、老いては子に従わなければならないことをいう。
過去の諸仏典はすべて女人往生をまともに取り上げず、
女性の死後は冥府(死後の世界)を彷徨って定着できる場所がないとされていたのである。
女人の救いをはばんでいるのは浄土ばかりではない。
今世でも霊山・霊地、例えば高野山や比叡山などは女人の登山を嫌い、
東大寺の大仏も遥か彼方からしか拝めず、扉のうちに入ってお詣りできなかった。
女人に救いの道を開いたのが浄土教であった。
浄土教の根本経典とされる「無量寿経」は、
阿弥陀仏がいまだ修業中で法蔵比丘(ほうぞうびく)と呼ばれていた頃、四十八の誓願をたてられた。
その第三十五願は<女人往生>が主題である。
「たとい我れ仏を得たらんに、その女人にあって我が名字を聞き、歓喜信楽(かんぎしんぎょう)
して菩提心を発(おこ)し、女身を厭い、寿(命)終の後未だ女像たらば正覚(しょうがく)を取らじ」
(「私も浄土に往生したいと願い、仏道に励む心を起こす女性がいたならば、
身を男性に変えて往生させてあげる。万一、身を変えられず女性のままだったら、
自分は仏にはならない」という願。)
これを「女人成仏の願」もしくは「変成男子(へんじょうなんし)の願」とも言うが、
法然上人はこの第三十五願について、きっぱりと「疑いあり」と
自著『無量寿経釈』で言い切っているという ☆(寺内大吉著/『法然讃歌』参照)。
法然上人を浄土教に導いたのは中国僧・善導和尚だが、
その善導さえ「変成男子の願」の域を脱せなかったのに、
法然上人は「女性は女性のままの姿で浄土に往生できる」と説いたのである(大橋俊雄/『法然入門』参照)。
以下ご参照!
☆寺内 大吉(てらうち だいきち、1921年 - 2008年)
1960年「はぐれ念仏」で直木賞受賞。
1991年から2001年までは浄土宗宗務総長。
法然讃歌 生きるための念仏 中公新書, 2000
↑
例外的に信濃「善光寺」は女人に開放されておったとか。
拙作、三枚目、
「薔薇を持つ女」です。 水彩 32cm x 40cm 紙
修羅の巷は、
◆http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2013083100314
時事通信 2013/08/31
◎「証拠あるなら示せ」=ロ大統領、シリア攻撃けん制
【モスクワ時事】
ロシアのプーチン大統領は31日、シリアのアサド政権による化学兵器使用を断定した米国に
「証拠があるなら提示すべきだ」と迫り、軍事介入に向けた動きをけん制した。
また9月5、6両日のサンクトペテルブルクでの20カ国・地域(G20)首脳会議時に
オバマ米大統領らとシリア問題を協議したい意向も示した。
訪問先のウラジオストクで記者団に語った。
オバマ大統領は、G20直前にモスクワで予定されたプーチン大統領との会談をキャンセル。
米政府高官もG20に合わせた米ロ首脳会談は未定としているが、
何らかの形で接触する可能性はある。
◆http://rockway.blog.shinobi.jp/
ROCKWAY EXPRESS
◎シリア反政府勢力:化学兵器攻撃は自分たちが行ったと認める
◆8月31日
8月27日号や29日号で指摘されたように、シリアの化学兵器はシリア政府のものでも、
シリア政府側が使用したものではなく、
下記の記事によれば、サウジアラビアが反政府勢力側に供給した兵器であり、
それが誤って爆発したものだと言う。
AP通信のガヴラク記者がインタビューした反政府側要員らが、その旨を語っているという。
これはアメリカが言うことと真逆であるが、
アメリカ側は、本日、アサド政権側が化学兵器を使用した、という決定的証拠を示すと言っていたが、
出された内容は、まるっきり、決定的な内容ではなかった。
やはり、と言うべきである。
アメリカは決定的証拠などは掴んでいないのであり、それは事実と異なるから、永久に出てこないものだ。
ただ、いつものごとく、アメリカのユダヤ系メディアはシリア攻撃を可能にする、
そういった政府の発表に難癖をつけることはやろうとしない。
それで国民の反発がそれほどなければ、オバマ政権はシリア攻撃を決断するかもしれないが、
アメリカ国民が政府の出した「決定的」証拠とやらに納得できない、
という声を挙げれば、シリア攻撃は決断できないであろう。
そして、29日号で指摘された、ロシアのプーチン大統領がサウジのバンダル王子の脅しに激怒し、
ロシア軍にもしもシリア攻撃があれば、ロシア軍はサウジアラビアを攻撃せよ、と命令したという話が
イスラム世界で大きな衝撃を与えているようで、
その話がまんざらデマでもなさそうだという状況になっているようなので、
アメリカやNATO諸国側も迂闊にシリア攻撃をしかねる情勢になっていると言える。
プーチンが本当にロシア軍にサウジ攻撃を命令している、となれば、
シリア攻撃がなされた場合、サウジアラビアが攻撃される可能性は非常に高い。
実際サウジアラビアではそのため、全軍が警戒態勢に入っているという。
プーチン大統領の性格や今までの歩みを見れば、やるとなればやる男であることは、疑えないからだ。
従って、オバマ大統領はロシアのプーチンと争って、サウジを犠牲にしてまでシリアを取るのか、
という選択肢を前に逡巡することが考えられる。
当然逡巡すべきであり、結論的には、シリア攻撃を断念すべきである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
●シリア反政府勢力:化学兵器攻撃は自分たちが行ったと認める
http://www.infowars.com/rebels-admit-responsibility-for-chemical-weapons-attack/
【8月30日 Paul Joseph Watson Infowars.com】
ダマスカス郊外のゴウタ地区にいるシリアの反政府グループはAP通信のデイル・ガヴラクに対して、
先週の化学兵器事件の責任は自分たちにあると認めた。
この事件では欧米側がアサド政権の軍によるものとしているが、
事件はサウジアラビアによって供給された化学兵器の操作を
反政府グループの者たちが誤ったために起きた事故の結果であるという。
「ゴウタ地区の医者、住民、反政府側要員とその家族らとのインタビューから、
多くの人々は、反政府グループの者たちがサウジアラビアの情報長官であるバンダル王子から
化学兵器を受け取ったということと、
その者たちによって致死性ガスによる攻撃が行われたと考えている」とガヴラクは書いた。
反政府グループの者たちはガヴラクに対して、彼らは化学兵器を取り扱うに際して充分な訓練は受けておらず、
更にはそれが何かということを告げられてもいなかったと語った。
これらの兵器はアルカイダ系テロリストのジャバト・アル・ヌスラに渡されることになっていたようだ。
「我々はこれらの兵器にとても興味があった。そしてまずいことには、
この兵器の扱い方を間違ったものがいて、爆発を引き起こしてしまったのだ」と、
Jと名乗る一人の要員がガヴラクに語った。
彼の話は別のYという女性要員の話と似ていいる:
「彼らはこれらの兵器が何か、どう扱うかなど語らなかった。我々はそれが化学兵器だとは知らなかった。
我々はそれがまさか化学兵器だとは思わなかった」
反政府グループ要員の父親でアブ・アブデル・モネイムという者がガヴラクに対して、
「息子は二週間前に来て、運ぶように言われている兵器について、それがなんだと思うかと言っていた」と語り、
それが「管のような形をしている」と語ったが、他の者たちは「大きなガスボンベみたい」だと言っていた。
この父親はサウジアラビアの戦士でアブ・アイェシャという者が兵器を供給した、と言っている。
アブデル・モネイムによれば、この兵器はトンネルの中で爆発し12人の反政府勢力の者たちが犠牲になったという。
「インタビューした12名以上の反政府戦士らは、彼らの給料はサウジ政府から来ていると言っていた」
とガヴラクは書いている。
この内容が正しければ、アメリカのシリア攻撃への動きと完全に矛盾することになるだろう。
デイル・ガヴラクの信頼性は非常なものだ。
彼はAP通信の中東特派員を20年間やってきており、その他にも、NPRの仕事をし、
さらにBBCニュースに記事も書いている。
この話が最初に掲載されたウェブサイトである Mint Press
(現在はこの記事のため膨大なアクセスがあり、その結果ダウンしている)は、
ミネソタ州のキチッとしたメディアである。ミネソタ・ポスト紙が昨年このグループを紹介した。
サウジアラビアが反政府グループに化学兵器を供給しているという話は、
サウジがシリアのアサド大統領への支持をやめなければ、
来年のソチでの冬季オリンピックにテロ攻撃を仕掛けるとロシアを脅したことを考えれば、驚くべき話ではない。
オバマ政権は今日、アサドの政府軍がこの化学兵器攻撃の背後にいる、ということを証明するため、
情報活動で得た内容を明らかにすることになっている。
アメリカの高官らは、ニューヨーク・タイムズ紙に、
アサド大統領とこの攻撃とを直接結び付ける「決定的証拠」はない、と言っているにもかかわらずだ。
アメリカの情報関連高官らは、AP通信に対して、
アサドの犯罪行為を証明するという情報は「決定打」にはならない内容のものだ、と語った。
今週初めに我々が報じたように、盗聴された情報はシリアの国防省が、
シリア化学兵器課に攻撃の数時間後に、問い合わせする電話を何度もかけてパニック状態であった
ということが示されているが、それはアサド大統領が命令したものではなかった、
ということを示唆しているものだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
↑
これでもやるのか? キ印ユダメリカ!
害務省は余計なことを言うなよ、国益を損なうな。