画は川瀬 巴水(かわせはすい)
1883年(明治16年)〜1957年(昭和32年)
大正・昭和期の版画家、「昭和の広重」などと呼ばれる。 作
「富士之雪晴(忍野附近)」です。
☆雪、しかしよく降る、札幌で平年の1.5倍だそうです。
まずは、いやはや、なんとも、
◆http://ameblo.jp/64152966/
『光軍の戦士たち』 2013-02-19
◎広島型原爆30倍の爆発力のロシアの1万トンの巨大隕石を
何かが貫通し破壊したようだ!〈新動画〉
より抜粋、
☆http://www.youtube.com/watch?v=UY3hLy1cTgM&feature=player_embedded#!
# Meteorite [ UFO saved Chelyabinsk ? Or not ] # OVNI
動画を何回もゆっくり見て欲しいと思います。
この動画とほとんど同じものがもう一つあります。
しかし、そのロシアのサイトの動画には、大変気になる
ものが、もう一つ映っています。
画面の上の方に黒い影のようなものが見えます。
これは、転載出来ませんので、サイトにアクセスして
御覧下さい。
________________________________
ロシアの声 ・ The Voice of Russia(Japanese) より
チェリャビンスク近郊の隕石 UFOによって撃墜か (新ビデオ)
⇒http://japanese.ruvr.ru/2013_02_18/105174170/
ロシアのブロガーたちは、ウラル上空における隕石落下の
新たな映像を掲載している。それによれば、何らかの物体が
隕石を追跡しており、それを貫通した後に急速に離れていった
様子が指摘されている。
これは視覚効果によるものでもなければ、モンタージュでもなく、
隕石とUFOの衝突が隕石の空中爆発の原因となった可能性がある。
もしも隕石が地表に達していた場合、その被害はかなり甚大だった
ことが予想される。
専門家らは、隕石を「貫通した」のが何物であるのか調べている。
対空防衛システムおよび対ミサイル防衛システムのミサイルでは
なさそうだ。UFOだろうか。
この問題を解く鍵となる新たな映像が見つかる可能性もある。
VOR
−以上引用終わり−
これは、何とも驚きの映像です。
落下して来る1万トンの隕石を何かで貫通させて
破壊し爆破出来る科学力は、今の地球には存在しません。
だから、UFOという話が湧き上がっているのでしょう。
核ミサイルで迎撃したのなら、その証拠は歴然と映像に
表れますので、そうではないとすると、この映像のままが
真相という事になります。
大変短い時間の中で、画像を捏造するのは無理と思います。
私は大気圏の中で、摩擦熱で超高温になり、その結果、
爆発的に破壊に到ったと推測していましたが・・・
ここで、私のUFOに関する考えを述べておきます。
UFO情報の99.9%は、偽情報だと考えています。
しかし、残りの0.01%は、恐らく真実だと思っています。
元々、私はUFOの存在そのものを全く信じていませんでした。
信じるきっかけになったのは、ある一冊の本でした。
【アミ 小さな宇宙人】
素晴らしく精神意識レベルの高いファンタジ−な一冊
http://ameblo.jp/64152966/entry-10887345818.html
今回の1万トンの隕石を破壊するのは、今の人類には無理でしょう。
もしそうなら、アミの仲間の人たちがしてくれたのかもしれないと
感じています。
隕石が粉々に砕け散ったロシアのあの地域は、核施設がたくさん
あった極めて危険なところだったようです。
あのまま、隕石が墜落していたら、福島やチェリノブイリどころ
ではない超巨大災害に見舞われていた可能性が極めて高いです。
もしそうなら、
未知のあの人たちに心よりの感謝を!
本当に有難う!
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☆http://www.youtube.com/watch?v=d7xz08ONn7g&feature=player_embedded
新宿の上空でUFOの大群 2011年5月8日
東京新宿の上空でUFOの大軍が出ましたので、撮影しました。
2011年5月8日の15時頃(訂正:16時頃だったかも)、目撃&撮影場所は北新宿3丁目です。
20名を超える人数で目撃しました。最初目撃時は100機くらいいるんじゃないか!?
という大群でしたが、段々移動しながら減り、撮影時には20機くらいに減りました。
映像でも数機編隊になっているのが映っています。
(追記:家の前で人が大騒ぎしているので何かと思い、ベランダに出ました。
UFOというので、上空を見るとたしかに小さく光る物体が無数に動いているのを確認しました。
よく見ると、青やオレンジに光っているようでした。しかもかなりの高度を飛んでいて、
消えたり現れたりしていました。近くを飛行機が2機飛ぶのが見えましたが、
飛行機よりも高いところにいたかもしれません。2階のベランダからカメラで撮影しましたが、
メモリが足りないと気付き、もう一個のカメラで撮影しなおすことにしました。
しかし、そのカメラの性能はあまりよくなく、画質が荒くて見えませんでした。
周りにいた人たちも携帯で撮影しようとしましたが、うまくいかなかったようです。
結局私が撮影した一番初めのカメラだけがUFOをとらえていました。
撮影時間が短すぎてとてもとても残念です。大きな声で騒いでいる女性が話題を呼んでいますが、
彼女が叫ばなければ自分も気付かなかったので感謝してます。
(追記2:ちなみに「見えなーい」という声は撮影者本人の声です。肉眼ではUFO見えてたんですが、
レンズ越しだとよく見えなくて発言しました。後になって「あれ?撮影成功してたんだ」
と気付いたくらいなんで。あとの声は、外にいた人たちの声です。(0:22頃)
___________________________________________
巴水、二枚目、
「平等院の雪」です。
興味深い内容ですな、
◆http://melma.com/backnumber_45206_5763793/
宮崎正弘の国際ニュース・早読み(中国人が北朝鮮に抗議行動)発行日:2/18
♪
樋泉克夫のコラム
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【知道中国 863回】
―――「神々は滅ぼそうとするものを先ず狂わせる」
『朝鮮戦争(上下)』(D・ハルバースタム 文春文庫 2012年)
▽
「けちな軍功歴しかないこの自信過剰の若造」と毛沢東が評したとされる金日成に率いられた
「北朝鮮の大軍が三十八度線を突破した時期、マッカーサー将軍の関心はひたすら日本の政治的発展に注がれ」、
「日本の変革と、きたるべき対日平和条約はマッカーサーの勤務日のほとんどすべてを吸い取っていた。
かれは麾下のアメリカ軍――占領軍――に関心らしい関心を払っていなかった」。
その結果、「占領軍はそのころには太平洋で日本軍を打ち負かした強大な軍とは
似て非なる存在になりさがっていた。定員割れし、装備は貧弱、訓練は不足するいっぽうの状態だったが、
それでもマッカーサーの心配の種にはならない様子だった」。
であればこそ、「韓国への関心はそれよりもさらに薄かった」ことも当然だろう。
ならば朝鮮戦争の緒戦にみられた北朝鮮軍の快進撃も、予め予想されていたともいえるのではなかろうか。
著者は、中国大陸における毛沢東の勝利と蔣介石の敗北が朝鮮戦争の原因の1つだったと説く。
それは、とりもなおさずアメリカが進めた積年の中国政策の失敗を意味しよう。
中国大陸における19世紀半ば以降のアメリカ人、ことに宣教師の活動を振り返りながら、
著者は「多くのアメリカ人の心のなかに存在した中国は、アメリカとアメリカ人を愛し、
何よりもアメリカ人のようでありたいと願う礼儀正しい従順な農民たちが満ちあふれる、
幻想のなかの国だった。・・・
多くのアメリカ人は中国と中国人を愛し(理解し)ているだけでなく、
中国人をアメリカ化するのが義務だと信じていた」。 だが、
「かわいい中国。勤勉で従順で信頼できるよきアジアの民が住む国。
第二次大戦中、そう教えられた国
(日本の場合はごく最近まで、ずるくて卑劣、
信用ならない悪いアジア人が住んでいる国と考えられていた)
が突然、共産主義者になったのだ」。
元来は「中国はアメリカのものであり」ながら、第二次大戦は共産党政権を誕生させてしまい、
結果として、中国を「アメリカは失ったのである」。
じつは「アメリカの失敗はアメリカのイメージのなかの中国、
実現不可能な中国を創ろうとしたためだった」。その原因は、
アメリカ流の大胆な指導力を求めた蔣介石が
「アメリカの政策遂行の道具としてはほとんど使い物にならな」かったからであり、
だから「わが国(アメリカ)の政策は詰まるところ、
すでに死んだしまった政府への支援の継続であった」ことになる。
ヤレヤレ。
かくして毛沢東は中国を手中に納めたわけだが、彼は金日成のみならずスターリンにも
強い不信感を抱く一方で、
「財政的にも、人的資源の面でも、厖大な犠牲を伴ったにもかかわらず」、
敢えて朝鮮戦争への介入を決定した。
それというのも、じつは「(朝鮮)戦争は中国人民をかれに結びつける手段だった」からだ。
朝鮮戦争は、「自分は至高の洞察力を備えた偉大な指導者だと勝手に思い込んでいた毛沢東を、
まさにそのようなものに祭り上げる結果になった」。
まさにアメリカの対中政策の失敗が毛沢東を生んでしまい、
朝鮮戦争を誘発しただけでなく、朝鮮半島での死戦が毛沢東を「偉大な指導者」に「祭り上げ」、
中国をして大躍進という「たぶん狂気に向かう最初の曲がり角」を曲がらせてしまったというのだ。
身勝手な幻想、正義の押売り、自己陶酔、盲目的使命感、ゴ都合主義――
アメリカの対中政策が内包する病理こそが、朝鮮戦争を招き寄せてしまった。
ならばアメリカ外交の病理が治癒されないかぎり、これからも東アジアの混乱が続くことを覚悟すべきだ。
◆http://melma.com/backnumber_45206_5764154/
宮崎正弘の国際ニュース・早読み(全人代が迫ったが)発行日:2/19
♪
(読者の声2)
貴誌昨日付け「樋泉克夫のコラム」の「神々は滅ぼそうとするものを先ず狂わせる」
『朝鮮戦争(上下)』(D・ハルバースタム 文春文庫 2012年)に関連しての感想です。
1 朝鮮戦争の原因:朝鮮戦争ではソ連代表が国連軍の朝鮮派兵決議案を拒否権で葬ることができたのに
なぜか退場して派兵決議のお手伝いをしたことが現代史の大きな謎であった。
しかし先年韓国の歴史学者の調査で、スターリンが東欧の衛星国指導者に、
米国の関心を欧州からアジアにそらすためと語っていたことがわかり、納得した。
2 中共と金日成と朝鮮戦争:中共軍の参戦はスターリンの要求によるもので、
毛沢東にとって好ましいことではなく、自分の息子が戦死している。金日成はソ連の傀儡であった。
スターリンは蒋介石を使った傀儡戦争(支那事変)の成功で味をしめ、
同じ手口を繰り返したと思われる。
傀儡戦争の証拠に1953年のスターリンの死亡で朝鮮戦争は停止し再発していない。
3 米国のアジア進出欲:米国は西部開拓を終えると太平洋に進出しハワイ、フィリピンを占領し、
支那満州への進出を図った。その基本方針がジョンヘイの支那門戸開放機会均等宣言である。
米国は頼まれもしないのに「支那を守る」という、大義を掲げて介入した。
しかし支那は米国から八千kmも離れているので国防に関係がなくまったく正当化ができない。
そこで国民に支那を守る目的として、キリスト教の宣教、巨大市場を国民に掲げた。
そして直接軍事介入ができないので金をやって支那軍閥を使った。
そして軍閥の国際条約違反は放置し、日本の苦情は一切受付けなかった。このため
「ワシントン体制を一番守ったのは日本、破壊したのは米国」
と米国外交専門家のマクマレーが批判している。
他方、この支那積極関与方針が米国の極東外交の手を縛るという一面もあったのである。
4.米国人の支那人幻想:米国大衆の支那人善人妄想は、宣教政策の影響があった。
あのパールバックの善良な支那人礼賛は恥ずかしくなるほどだ。
しかし支那の宣教事業はうまくゆかなかった。
支那人はトコトンすれっからしだったから
暴動が起こると教会が焼かれ略奪され、宣教師が殺され、婦女子は強姦されるなど悲劇が起きた。
しかし宣教師は事件を本部に報告しなかった。仕事と金がなくなるからだ。
本部は報告があっても国民に伝えなかった。巨額の募金が集まらなくなるからだ。
1927年の真正南京事件で反白人暴動が起こり白人が殺されると
宣教師は敵視していたはずの日本に逃げた。
その後、宣教事業は二度と元の規模には回復しなかった。このあたりは
「暗黒大陸中国の真実」ラルフ・タウンゼント著 芙蓉書房出版)が詳しい。
5.一枚上手の支那人:アメリカ人は支那人を軽視していたが、支那人はアメリカ人を馬鹿にしており
金をむしり取った。支那事変でも、蒋介石は米国の弱みを握り、
米国に援助をくれないと日本と講和すると言って脅した。
米国の援助は蒋一族と幹部が私物化し山分けした。援助物資が闇市場に流れているのを知って、
米国支那派遣軍総司令官のスティルウェル将軍が激怒し蒋介石と喧嘩になったことは有名だ。
しかしスティルウェルスの方が解任されてしまう。
米国も蒋介石にだまされたことに気が付いたが、代わりの傀儡を見つけられず、
中共の毛沢東にまで接触するが、うまくゆかなかった。そしてずるずると蒋介石に搾取されたのである。
6.米国の満州支配計画:1945年2月のヤルタ会議では、ルーズベルトはスターリンに
満州の代理占領と戦後の蒋介石への移管を要請した。
蒋介石を傀儡に念願の満州を間接支配しようとしたのである。
スターリンは米国の狙いを見抜いたうえで、帝政ロシアの支那利権や日本の領土を代償に同意した。
しかし支那利権がソ連に渡されるというのに蒋介石はよばれなかった。
これは支那事変における蒋介石の傀儡性を証明するものである。
ルーズベルトがヤルタの帰途「安い買い物をした」と侍医に述べたのは有名だ。
スターリンが約束を守ると思っていたのである。
しかし幸いにもルーズベルトは二か月後、脳溢血で頓死した。
7.米国の支那喪失:スターリンは満州を占領後、毛沢東に渡し共産化してしまった。
米国の原爆投下の脅しも米政府の厭戦気分を大統領府内のスパイの報告で知っていたので無視した。
毛沢東はソ連の援助を受け、満州から国共内戦を開始した。
米国は支那の地上戦に参戦する気はなく、50万人分の兵器を蒋介石に渡して手を引いた。
この武器が朝鮮戦争で中共軍に使われ米兵を大量に殺すことになるのである。
1949年に毛沢東が全土を共産化し、蒋介石は台湾に逃亡した。
この結果、米国は支那の全拠点から追い出されてしまった。
米国の支那政策は、「トンビに油揚げをさらわれた」、あるいは「とらぬ狸の皮算用」
で要約することができる。米国が支那をロストしたというのは、こうした経緯があったのである。
米国の身勝手な幻想、正義の押売り、自己陶酔、盲目的使命感、ゴ都合主義―の裏には、
一応貧しいながら計算があった。しかし相手(スターリン、蒋介石)の方が
一枚も二枚も上手であったということである。
8.日本の独立事情:1951年マッカーサーは米議会で
「支那の喪失と共産化は米国太平洋政策百年の最大の失敗」と総括した。
日本人にとって重要なのは、米国の対日戦の目的が支那満州への進出であり、
日本の占領ではなかったということである。
だから1949年支那が共産化すると米国は早速
1951年日本をサンフランシスコ講和会議で独立させたのである。
支那が失われた以上もはや日本占領には意味がなくなったからである。
(東海子)
↑
アメ公(アングロサクソン系は特に)はマンダリン (Mandarin=官僚)、とかダイナスティ(Dynasty=王朝)とか、
戦前から妙に支那に幻想を抱く連中で、これが遠因としてある(歴史がないから)。
戦後67年、蔑視した眼鏡猿の日本に、今なお居座り、へばり付いて離れぬタカリや「在日米軍」、
これや如何に? だw
無関係な「反日韓国防衛」、米兵への失対事業など々、愚劣そのものですよ。
巴水、三枚目、
「石巻乃暮雪」です。
すれっからしへ貢ぐ馬鹿、日本も然りだが、
◆http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51870541.html
日本や世界や宇宙の動向 2013年02月19日
◎中国にすり寄るイギリスとドイツ!
イギリスもドイツも財政や経済がかなり悪化しています。
にっちもさっちもいかない状況に追い込まれています。
イギリスは金融業しか取り柄がなく、ドイツはユーロ圏内で輸出をすることで利益を得ていました。
しかし、もはやヨーロッパは稼げる場所ではなくなってしまいました。
そこで今頃、目を付けたのが中国で、今頃すり寄ってどうするのでしょうか。
汚染まみれ、汚職まみれ、経済はガタガタ、暴動が頻発して、独裁体制もガタガタで。。。
危うい状況になってきている中国に、
これから進出して一肌脱ごうとしているイギリスとドイツの気がしれません。
彼等はかなり切羽詰まっているか、中国について全く理解していない愚か者のどちらかです。
その両方かもしれません。今後、ドイツやイギリスがどのように被害を受けるか見ものです。
また、中国はイギリスとドイツが中国進出することで
彼等の持っているノウハウを全て吸い取ろうとしているのでしょう。
ドイツの技術が欲しくてたまりませんし、イギリスの金融ノウハウも利用したいでしょう。
しかし最後に騙されるのはどの国でしょうか。
日本は中国でかなりの被害に遭っていますから、一番、騙されたのは日本企業ですが。しかし。。。
ひょっとしてイギリスとドイツ相手に、一番騙されるのは中国かもしれません。
そのうち、アヘンで取り引きをさせられるようになるかもしれません。
日本は早く中国(韓国も)とは距離を置いた方がよさそうです。
アメリカ資本が中国から逃げて行ったあとも日系企業は中国に進出し続け、
情勢が悪化した今では身動きが取れなくなり、日系企業多くが中国から撤退したくても、
そう簡単にはできないということを今頃知り、行き詰っている企業も多いようです。。。
日本の生産技術や他のノウハウを全て中国に贈呈しないと中国から撤退できないようです(つまり夜逃げ)。
また、撤退の一言を当局に伝えると、訴訟を起こされ判決が出るまでは責任者は中国から出国できなくなります。
よーするに、1万社以上の日系企業と13万人の日本人が中国に囚われていると言っても過言ではなく、
いずれ、日中関係がさらに悪化すると完全に人質に取られます。
このような懸念から家族だけでも早く帰国させた方が良いと思います。
13万人の日本人が人質に取られたら、日本政府はどうするのでしょうか。
日本人の人質を利用して、尖閣や沖縄を中国によこせ、さもないと日本人の人質の命の保障はない、
などと脅されたらどうすれば良いのでしょうか。
13万人の日本人と交換条件で尖閣も沖縄も中国に奪われる羽目にならないとも限りません。
☆http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130219/frn1302190707000-n1.htm
ZAKZAK 2013.02.19
◎【脱中国元年】英、独の中国擦り寄りと反日暴動の深い意味 複雑怪奇な世界情勢
世界情勢は「複雑怪奇」に激変の最中である。
日本人はとかく「西側同盟」と「日米同盟」が堅い絆で結ばれていると勘違いしている。
国際政治の舞台裏では「昨日の敵は今日の友」「今日の友は明日の敵」である。
NATO(北大西洋条約機構)で団結していたはずの欧米同盟とて、
中国と対立する米国に意外な方向から敵対者が出現した。何と、
英国とドイツが米国に敵対的態度を示すようになったのである。
英、独は中国に異常接近し、特に、英国は金融市場で、ドイツは製造分野で
これまで以上の中国重視政策にかじ取りを変えた。
メルケル独首相は昨年、二度も大型経済使節団を率いて訪中し、
エアバス組立工場、ベンツ工場拡大などの契約をした。
昨秋の反日暴動で、トヨタや日産の販売店も放火され破壊されたが、
「日本はもう良いぜ、ドイツが来るから」
という中国からのメッセージだったと受け止めることもできる。
あれほど中国経済に献身したパナソニック工場が焼き打ちされたのも、
「ドイツ勢が本格進出するから、日本企業は去れ」
という暗黙の信号だった可能性は皆無とはいえないだろう。何しろ、
大戦中のドイツは日独伊三国同盟の初期にさえ、中国軍にてこ入れしていたのだから。
戦後ブレトンウッズ体制下、基軸通貨の米ドル優位に対抗したドイツが
欧州統一通貨=ユーロをまとめ、露骨に米国に挑戦した。
英国は金融市場の優位を維持・発展させるため、「ユーロ通貨圏」から離れて
ロンドンの金融センターを拡大する金融覇権を手放さず、
シティ(ロンドン金融街)を中国人民元のオフショア市場に開放した。
怒り心頭の米国は、LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)の不正問題を追及し、
英国を代表する巨大銀行の拡大を阻止する挙に出た。
レーダー照射事件など、沖縄県・尖閣諸島をめぐる日中間の軍事的緊張は解けない。だが、
尖閣問題をきっかけに、日本では政権交代が起こり、
株高・円安にぶれてアベノミクスによる景気回復が見えてきた。
筆者はこれら一連の奇跡的動きを、元寇における神風、
あるいは弓削道鏡の野望を砕く神託を宇佐神宮からもたらした和気清麻呂の快挙
と比喩してみたくなるのだ。非科学的かもしれないが明らかに天の声である。
この円安に批判を開始した欧米も、内実はバラバラである。
日本国内には依然として媚中派、親中派の跳梁跋扈があり、
マスコミ論調は必ずしも国益で一本化していない。
激動・激震が予測される今後、果たして日本人は
経済成長回復という甘い期待だけではなく、どれほど不退転の決意を示せるのか?
宮崎正弘
↑
中独合作(ちゅうどくがっさく):
1910年代から1940年代にかけての中華民国とドイツの一連の軍事的・経済的協力関係を指す。
1920年代の終わりから1930年代の終わりにかけて、両国の関係は最高潮に達した。
ナチスがドイツを支配するとさらに関係が強化されたが、日独防共協定が締結されると関係は弱められた。
ドイツによる中国国民党軍の軍備再編により、国民党の装備の近代化が図られ、直後の日中戦争で効果を発揮し、
日本軍は予想以上の犠牲を払うこととなった。
国民革命軍は多くの主要都市の占領を許したが、士気は高まった。一方で、
日本軍は国民政府が遷都した重慶をついに攻略することはできなかった。(Wikipedia)
ドイツは歴史的に支那好きwなのですよ、 青島のビール工場とか。
(1903年、当時の統治国であるドイツによって、ビール工場が建設されました。そして、
労山の澄んだ水と山東省の豊かな大地という自然環境が、
この青島ビールを中国を代表するブランドに成長させます。
1916年の日本統治時代には「大日本麦酒株式会社」がこの工場を買収、
その後30年間に渡って朝日、ヱビス、サッポロといった日本ブランドのビールが生産されました。
当時の年間生産量は、すでに4,663トンに達していたそうです。)
この宮崎という人は、以前にも書きましたが「国際勝共連合」の活動家、
要取捨選択です。
この人のサイトではコメント欄♪が面白い、秀逸なものがたまにある。
ま、天皇教信者ですから、限界はあるがねぇ。
隷米売国「アベノリスク」でしかないのさw だから「似非右翼」なのですよ。
1883年(明治16年)〜1957年(昭和32年)
大正・昭和期の版画家、「昭和の広重」などと呼ばれる。 作
「富士之雪晴(忍野附近)」です。
☆雪、しかしよく降る、札幌で平年の1.5倍だそうです。
まずは、いやはや、なんとも、
◆http://ameblo.jp/64152966/
『光軍の戦士たち』 2013-02-19
◎広島型原爆30倍の爆発力のロシアの1万トンの巨大隕石を
何かが貫通し破壊したようだ!〈新動画〉
より抜粋、
☆http://www.youtube.com/watch?v=UY3hLy1cTgM&feature=player_embedded#!
# Meteorite [ UFO saved Chelyabinsk ? Or not ] # OVNI
動画を何回もゆっくり見て欲しいと思います。
この動画とほとんど同じものがもう一つあります。
しかし、そのロシアのサイトの動画には、大変気になる
ものが、もう一つ映っています。
画面の上の方に黒い影のようなものが見えます。
これは、転載出来ませんので、サイトにアクセスして
御覧下さい。
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ロシアの声 ・ The Voice of Russia(Japanese) より
チェリャビンスク近郊の隕石 UFOによって撃墜か (新ビデオ)
⇒http://japanese.ruvr.ru/2013_02_18/105174170/
ロシアのブロガーたちは、ウラル上空における隕石落下の
新たな映像を掲載している。それによれば、何らかの物体が
隕石を追跡しており、それを貫通した後に急速に離れていった
様子が指摘されている。
これは視覚効果によるものでもなければ、モンタージュでもなく、
隕石とUFOの衝突が隕石の空中爆発の原因となった可能性がある。
もしも隕石が地表に達していた場合、その被害はかなり甚大だった
ことが予想される。
専門家らは、隕石を「貫通した」のが何物であるのか調べている。
対空防衛システムおよび対ミサイル防衛システムのミサイルでは
なさそうだ。UFOだろうか。
この問題を解く鍵となる新たな映像が見つかる可能性もある。
VOR
−以上引用終わり−
これは、何とも驚きの映像です。
落下して来る1万トンの隕石を何かで貫通させて
破壊し爆破出来る科学力は、今の地球には存在しません。
だから、UFOという話が湧き上がっているのでしょう。
核ミサイルで迎撃したのなら、その証拠は歴然と映像に
表れますので、そうではないとすると、この映像のままが
真相という事になります。
大変短い時間の中で、画像を捏造するのは無理と思います。
私は大気圏の中で、摩擦熱で超高温になり、その結果、
爆発的に破壊に到ったと推測していましたが・・・
ここで、私のUFOに関する考えを述べておきます。
UFO情報の99.9%は、偽情報だと考えています。
しかし、残りの0.01%は、恐らく真実だと思っています。
元々、私はUFOの存在そのものを全く信じていませんでした。
信じるきっかけになったのは、ある一冊の本でした。
【アミ 小さな宇宙人】
素晴らしく精神意識レベルの高いファンタジ−な一冊
http://ameblo.jp/64152966/entry-10887345818.html
今回の1万トンの隕石を破壊するのは、今の人類には無理でしょう。
もしそうなら、アミの仲間の人たちがしてくれたのかもしれないと
感じています。
隕石が粉々に砕け散ったロシアのあの地域は、核施設がたくさん
あった極めて危険なところだったようです。
あのまま、隕石が墜落していたら、福島やチェリノブイリどころ
ではない超巨大災害に見舞われていた可能性が極めて高いです。
もしそうなら、
未知のあの人たちに心よりの感謝を!
本当に有難う!
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☆http://www.youtube.com/watch?v=d7xz08ONn7g&feature=player_embedded
新宿の上空でUFOの大群 2011年5月8日
東京新宿の上空でUFOの大軍が出ましたので、撮影しました。
2011年5月8日の15時頃(訂正:16時頃だったかも)、目撃&撮影場所は北新宿3丁目です。
20名を超える人数で目撃しました。最初目撃時は100機くらいいるんじゃないか!?
という大群でしたが、段々移動しながら減り、撮影時には20機くらいに減りました。
映像でも数機編隊になっているのが映っています。
(追記:家の前で人が大騒ぎしているので何かと思い、ベランダに出ました。
UFOというので、上空を見るとたしかに小さく光る物体が無数に動いているのを確認しました。
よく見ると、青やオレンジに光っているようでした。しかもかなりの高度を飛んでいて、
消えたり現れたりしていました。近くを飛行機が2機飛ぶのが見えましたが、
飛行機よりも高いところにいたかもしれません。2階のベランダからカメラで撮影しましたが、
メモリが足りないと気付き、もう一個のカメラで撮影しなおすことにしました。
しかし、そのカメラの性能はあまりよくなく、画質が荒くて見えませんでした。
周りにいた人たちも携帯で撮影しようとしましたが、うまくいかなかったようです。
結局私が撮影した一番初めのカメラだけがUFOをとらえていました。
撮影時間が短すぎてとてもとても残念です。大きな声で騒いでいる女性が話題を呼んでいますが、
彼女が叫ばなければ自分も気付かなかったので感謝してます。
(追記2:ちなみに「見えなーい」という声は撮影者本人の声です。肉眼ではUFO見えてたんですが、
レンズ越しだとよく見えなくて発言しました。後になって「あれ?撮影成功してたんだ」
と気付いたくらいなんで。あとの声は、外にいた人たちの声です。(0:22頃)
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巴水、二枚目、
「平等院の雪」です。
興味深い内容ですな、
◆http://melma.com/backnumber_45206_5763793/
宮崎正弘の国際ニュース・早読み(中国人が北朝鮮に抗議行動)発行日:2/18
♪
樋泉克夫のコラム
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【知道中国 863回】
―――「神々は滅ぼそうとするものを先ず狂わせる」
『朝鮮戦争(上下)』(D・ハルバースタム 文春文庫 2012年)
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「けちな軍功歴しかないこの自信過剰の若造」と毛沢東が評したとされる金日成に率いられた
「北朝鮮の大軍が三十八度線を突破した時期、マッカーサー将軍の関心はひたすら日本の政治的発展に注がれ」、
「日本の変革と、きたるべき対日平和条約はマッカーサーの勤務日のほとんどすべてを吸い取っていた。
かれは麾下のアメリカ軍――占領軍――に関心らしい関心を払っていなかった」。
その結果、「占領軍はそのころには太平洋で日本軍を打ち負かした強大な軍とは
似て非なる存在になりさがっていた。定員割れし、装備は貧弱、訓練は不足するいっぽうの状態だったが、
それでもマッカーサーの心配の種にはならない様子だった」。
であればこそ、「韓国への関心はそれよりもさらに薄かった」ことも当然だろう。
ならば朝鮮戦争の緒戦にみられた北朝鮮軍の快進撃も、予め予想されていたともいえるのではなかろうか。
著者は、中国大陸における毛沢東の勝利と蔣介石の敗北が朝鮮戦争の原因の1つだったと説く。
それは、とりもなおさずアメリカが進めた積年の中国政策の失敗を意味しよう。
中国大陸における19世紀半ば以降のアメリカ人、ことに宣教師の活動を振り返りながら、
著者は「多くのアメリカ人の心のなかに存在した中国は、アメリカとアメリカ人を愛し、
何よりもアメリカ人のようでありたいと願う礼儀正しい従順な農民たちが満ちあふれる、
幻想のなかの国だった。・・・
多くのアメリカ人は中国と中国人を愛し(理解し)ているだけでなく、
中国人をアメリカ化するのが義務だと信じていた」。 だが、
「かわいい中国。勤勉で従順で信頼できるよきアジアの民が住む国。
第二次大戦中、そう教えられた国
(日本の場合はごく最近まで、ずるくて卑劣、
信用ならない悪いアジア人が住んでいる国と考えられていた)
が突然、共産主義者になったのだ」。
元来は「中国はアメリカのものであり」ながら、第二次大戦は共産党政権を誕生させてしまい、
結果として、中国を「アメリカは失ったのである」。
じつは「アメリカの失敗はアメリカのイメージのなかの中国、
実現不可能な中国を創ろうとしたためだった」。その原因は、
アメリカ流の大胆な指導力を求めた蔣介石が
「アメリカの政策遂行の道具としてはほとんど使い物にならな」かったからであり、
だから「わが国(アメリカ)の政策は詰まるところ、
すでに死んだしまった政府への支援の継続であった」ことになる。
ヤレヤレ。
かくして毛沢東は中国を手中に納めたわけだが、彼は金日成のみならずスターリンにも
強い不信感を抱く一方で、
「財政的にも、人的資源の面でも、厖大な犠牲を伴ったにもかかわらず」、
敢えて朝鮮戦争への介入を決定した。
それというのも、じつは「(朝鮮)戦争は中国人民をかれに結びつける手段だった」からだ。
朝鮮戦争は、「自分は至高の洞察力を備えた偉大な指導者だと勝手に思い込んでいた毛沢東を、
まさにそのようなものに祭り上げる結果になった」。
まさにアメリカの対中政策の失敗が毛沢東を生んでしまい、
朝鮮戦争を誘発しただけでなく、朝鮮半島での死戦が毛沢東を「偉大な指導者」に「祭り上げ」、
中国をして大躍進という「たぶん狂気に向かう最初の曲がり角」を曲がらせてしまったというのだ。
身勝手な幻想、正義の押売り、自己陶酔、盲目的使命感、ゴ都合主義――
アメリカの対中政策が内包する病理こそが、朝鮮戦争を招き寄せてしまった。
ならばアメリカ外交の病理が治癒されないかぎり、これからも東アジアの混乱が続くことを覚悟すべきだ。
◆http://melma.com/backnumber_45206_5764154/
宮崎正弘の国際ニュース・早読み(全人代が迫ったが)発行日:2/19
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(読者の声2)
貴誌昨日付け「樋泉克夫のコラム」の「神々は滅ぼそうとするものを先ず狂わせる」
『朝鮮戦争(上下)』(D・ハルバースタム 文春文庫 2012年)に関連しての感想です。
1 朝鮮戦争の原因:朝鮮戦争ではソ連代表が国連軍の朝鮮派兵決議案を拒否権で葬ることができたのに
なぜか退場して派兵決議のお手伝いをしたことが現代史の大きな謎であった。
しかし先年韓国の歴史学者の調査で、スターリンが東欧の衛星国指導者に、
米国の関心を欧州からアジアにそらすためと語っていたことがわかり、納得した。
2 中共と金日成と朝鮮戦争:中共軍の参戦はスターリンの要求によるもので、
毛沢東にとって好ましいことではなく、自分の息子が戦死している。金日成はソ連の傀儡であった。
スターリンは蒋介石を使った傀儡戦争(支那事変)の成功で味をしめ、
同じ手口を繰り返したと思われる。
傀儡戦争の証拠に1953年のスターリンの死亡で朝鮮戦争は停止し再発していない。
3 米国のアジア進出欲:米国は西部開拓を終えると太平洋に進出しハワイ、フィリピンを占領し、
支那満州への進出を図った。その基本方針がジョンヘイの支那門戸開放機会均等宣言である。
米国は頼まれもしないのに「支那を守る」という、大義を掲げて介入した。
しかし支那は米国から八千kmも離れているので国防に関係がなくまったく正当化ができない。
そこで国民に支那を守る目的として、キリスト教の宣教、巨大市場を国民に掲げた。
そして直接軍事介入ができないので金をやって支那軍閥を使った。
そして軍閥の国際条約違反は放置し、日本の苦情は一切受付けなかった。このため
「ワシントン体制を一番守ったのは日本、破壊したのは米国」
と米国外交専門家のマクマレーが批判している。
他方、この支那積極関与方針が米国の極東外交の手を縛るという一面もあったのである。
4.米国人の支那人幻想:米国大衆の支那人善人妄想は、宣教政策の影響があった。
あのパールバックの善良な支那人礼賛は恥ずかしくなるほどだ。
しかし支那の宣教事業はうまくゆかなかった。
支那人はトコトンすれっからしだったから
暴動が起こると教会が焼かれ略奪され、宣教師が殺され、婦女子は強姦されるなど悲劇が起きた。
しかし宣教師は事件を本部に報告しなかった。仕事と金がなくなるからだ。
本部は報告があっても国民に伝えなかった。巨額の募金が集まらなくなるからだ。
1927年の真正南京事件で反白人暴動が起こり白人が殺されると
宣教師は敵視していたはずの日本に逃げた。
その後、宣教事業は二度と元の規模には回復しなかった。このあたりは
「暗黒大陸中国の真実」ラルフ・タウンゼント著 芙蓉書房出版)が詳しい。
5.一枚上手の支那人:アメリカ人は支那人を軽視していたが、支那人はアメリカ人を馬鹿にしており
金をむしり取った。支那事変でも、蒋介石は米国の弱みを握り、
米国に援助をくれないと日本と講和すると言って脅した。
米国の援助は蒋一族と幹部が私物化し山分けした。援助物資が闇市場に流れているのを知って、
米国支那派遣軍総司令官のスティルウェル将軍が激怒し蒋介石と喧嘩になったことは有名だ。
しかしスティルウェルスの方が解任されてしまう。
米国も蒋介石にだまされたことに気が付いたが、代わりの傀儡を見つけられず、
中共の毛沢東にまで接触するが、うまくゆかなかった。そしてずるずると蒋介石に搾取されたのである。
6.米国の満州支配計画:1945年2月のヤルタ会議では、ルーズベルトはスターリンに
満州の代理占領と戦後の蒋介石への移管を要請した。
蒋介石を傀儡に念願の満州を間接支配しようとしたのである。
スターリンは米国の狙いを見抜いたうえで、帝政ロシアの支那利権や日本の領土を代償に同意した。
しかし支那利権がソ連に渡されるというのに蒋介石はよばれなかった。
これは支那事変における蒋介石の傀儡性を証明するものである。
ルーズベルトがヤルタの帰途「安い買い物をした」と侍医に述べたのは有名だ。
スターリンが約束を守ると思っていたのである。
しかし幸いにもルーズベルトは二か月後、脳溢血で頓死した。
7.米国の支那喪失:スターリンは満州を占領後、毛沢東に渡し共産化してしまった。
米国の原爆投下の脅しも米政府の厭戦気分を大統領府内のスパイの報告で知っていたので無視した。
毛沢東はソ連の援助を受け、満州から国共内戦を開始した。
米国は支那の地上戦に参戦する気はなく、50万人分の兵器を蒋介石に渡して手を引いた。
この武器が朝鮮戦争で中共軍に使われ米兵を大量に殺すことになるのである。
1949年に毛沢東が全土を共産化し、蒋介石は台湾に逃亡した。
この結果、米国は支那の全拠点から追い出されてしまった。
米国の支那政策は、「トンビに油揚げをさらわれた」、あるいは「とらぬ狸の皮算用」
で要約することができる。米国が支那をロストしたというのは、こうした経緯があったのである。
米国の身勝手な幻想、正義の押売り、自己陶酔、盲目的使命感、ゴ都合主義―の裏には、
一応貧しいながら計算があった。しかし相手(スターリン、蒋介石)の方が
一枚も二枚も上手であったということである。
8.日本の独立事情:1951年マッカーサーは米議会で
「支那の喪失と共産化は米国太平洋政策百年の最大の失敗」と総括した。
日本人にとって重要なのは、米国の対日戦の目的が支那満州への進出であり、
日本の占領ではなかったということである。
だから1949年支那が共産化すると米国は早速
1951年日本をサンフランシスコ講和会議で独立させたのである。
支那が失われた以上もはや日本占領には意味がなくなったからである。
(東海子)
↑
アメ公(アングロサクソン系は特に)はマンダリン (Mandarin=官僚)、とかダイナスティ(Dynasty=王朝)とか、
戦前から妙に支那に幻想を抱く連中で、これが遠因としてある(歴史がないから)。
戦後67年、蔑視した眼鏡猿の日本に、今なお居座り、へばり付いて離れぬタカリや「在日米軍」、
これや如何に? だw
無関係な「反日韓国防衛」、米兵への失対事業など々、愚劣そのものですよ。
巴水、三枚目、
「石巻乃暮雪」です。
すれっからしへ貢ぐ馬鹿、日本も然りだが、
◆http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51870541.html
日本や世界や宇宙の動向 2013年02月19日
◎中国にすり寄るイギリスとドイツ!
イギリスもドイツも財政や経済がかなり悪化しています。
にっちもさっちもいかない状況に追い込まれています。
イギリスは金融業しか取り柄がなく、ドイツはユーロ圏内で輸出をすることで利益を得ていました。
しかし、もはやヨーロッパは稼げる場所ではなくなってしまいました。
そこで今頃、目を付けたのが中国で、今頃すり寄ってどうするのでしょうか。
汚染まみれ、汚職まみれ、経済はガタガタ、暴動が頻発して、独裁体制もガタガタで。。。
危うい状況になってきている中国に、
これから進出して一肌脱ごうとしているイギリスとドイツの気がしれません。
彼等はかなり切羽詰まっているか、中国について全く理解していない愚か者のどちらかです。
その両方かもしれません。今後、ドイツやイギリスがどのように被害を受けるか見ものです。
また、中国はイギリスとドイツが中国進出することで
彼等の持っているノウハウを全て吸い取ろうとしているのでしょう。
ドイツの技術が欲しくてたまりませんし、イギリスの金融ノウハウも利用したいでしょう。
しかし最後に騙されるのはどの国でしょうか。
日本は中国でかなりの被害に遭っていますから、一番、騙されたのは日本企業ですが。しかし。。。
ひょっとしてイギリスとドイツ相手に、一番騙されるのは中国かもしれません。
そのうち、アヘンで取り引きをさせられるようになるかもしれません。
日本は早く中国(韓国も)とは距離を置いた方がよさそうです。
アメリカ資本が中国から逃げて行ったあとも日系企業は中国に進出し続け、
情勢が悪化した今では身動きが取れなくなり、日系企業多くが中国から撤退したくても、
そう簡単にはできないということを今頃知り、行き詰っている企業も多いようです。。。
日本の生産技術や他のノウハウを全て中国に贈呈しないと中国から撤退できないようです(つまり夜逃げ)。
また、撤退の一言を当局に伝えると、訴訟を起こされ判決が出るまでは責任者は中国から出国できなくなります。
よーするに、1万社以上の日系企業と13万人の日本人が中国に囚われていると言っても過言ではなく、
いずれ、日中関係がさらに悪化すると完全に人質に取られます。
このような懸念から家族だけでも早く帰国させた方が良いと思います。
13万人の日本人が人質に取られたら、日本政府はどうするのでしょうか。
日本人の人質を利用して、尖閣や沖縄を中国によこせ、さもないと日本人の人質の命の保障はない、
などと脅されたらどうすれば良いのでしょうか。
13万人の日本人と交換条件で尖閣も沖縄も中国に奪われる羽目にならないとも限りません。
☆http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130219/frn1302190707000-n1.htm
ZAKZAK 2013.02.19
◎【脱中国元年】英、独の中国擦り寄りと反日暴動の深い意味 複雑怪奇な世界情勢
世界情勢は「複雑怪奇」に激変の最中である。
日本人はとかく「西側同盟」と「日米同盟」が堅い絆で結ばれていると勘違いしている。
国際政治の舞台裏では「昨日の敵は今日の友」「今日の友は明日の敵」である。
NATO(北大西洋条約機構)で団結していたはずの欧米同盟とて、
中国と対立する米国に意外な方向から敵対者が出現した。何と、
英国とドイツが米国に敵対的態度を示すようになったのである。
英、独は中国に異常接近し、特に、英国は金融市場で、ドイツは製造分野で
これまで以上の中国重視政策にかじ取りを変えた。
メルケル独首相は昨年、二度も大型経済使節団を率いて訪中し、
エアバス組立工場、ベンツ工場拡大などの契約をした。
昨秋の反日暴動で、トヨタや日産の販売店も放火され破壊されたが、
「日本はもう良いぜ、ドイツが来るから」
という中国からのメッセージだったと受け止めることもできる。
あれほど中国経済に献身したパナソニック工場が焼き打ちされたのも、
「ドイツ勢が本格進出するから、日本企業は去れ」
という暗黙の信号だった可能性は皆無とはいえないだろう。何しろ、
大戦中のドイツは日独伊三国同盟の初期にさえ、中国軍にてこ入れしていたのだから。
戦後ブレトンウッズ体制下、基軸通貨の米ドル優位に対抗したドイツが
欧州統一通貨=ユーロをまとめ、露骨に米国に挑戦した。
英国は金融市場の優位を維持・発展させるため、「ユーロ通貨圏」から離れて
ロンドンの金融センターを拡大する金融覇権を手放さず、
シティ(ロンドン金融街)を中国人民元のオフショア市場に開放した。
怒り心頭の米国は、LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)の不正問題を追及し、
英国を代表する巨大銀行の拡大を阻止する挙に出た。
レーダー照射事件など、沖縄県・尖閣諸島をめぐる日中間の軍事的緊張は解けない。だが、
尖閣問題をきっかけに、日本では政権交代が起こり、
株高・円安にぶれてアベノミクスによる景気回復が見えてきた。
筆者はこれら一連の奇跡的動きを、元寇における神風、
あるいは弓削道鏡の野望を砕く神託を宇佐神宮からもたらした和気清麻呂の快挙
と比喩してみたくなるのだ。非科学的かもしれないが明らかに天の声である。
この円安に批判を開始した欧米も、内実はバラバラである。
日本国内には依然として媚中派、親中派の跳梁跋扈があり、
マスコミ論調は必ずしも国益で一本化していない。
激動・激震が予測される今後、果たして日本人は
経済成長回復という甘い期待だけではなく、どれほど不退転の決意を示せるのか?
宮崎正弘
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中独合作(ちゅうどくがっさく):
1910年代から1940年代にかけての中華民国とドイツの一連の軍事的・経済的協力関係を指す。
1920年代の終わりから1930年代の終わりにかけて、両国の関係は最高潮に達した。
ナチスがドイツを支配するとさらに関係が強化されたが、日独防共協定が締結されると関係は弱められた。
ドイツによる中国国民党軍の軍備再編により、国民党の装備の近代化が図られ、直後の日中戦争で効果を発揮し、
日本軍は予想以上の犠牲を払うこととなった。
国民革命軍は多くの主要都市の占領を許したが、士気は高まった。一方で、
日本軍は国民政府が遷都した重慶をついに攻略することはできなかった。(Wikipedia)
ドイツは歴史的に支那好きwなのですよ、 青島のビール工場とか。
(1903年、当時の統治国であるドイツによって、ビール工場が建設されました。そして、
労山の澄んだ水と山東省の豊かな大地という自然環境が、
この青島ビールを中国を代表するブランドに成長させます。
1916年の日本統治時代には「大日本麦酒株式会社」がこの工場を買収、
その後30年間に渡って朝日、ヱビス、サッポロといった日本ブランドのビールが生産されました。
当時の年間生産量は、すでに4,663トンに達していたそうです。)
この宮崎という人は、以前にも書きましたが「国際勝共連合」の活動家、
要取捨選択です。
この人のサイトではコメント欄♪が面白い、秀逸なものがたまにある。
ま、天皇教信者ですから、限界はあるがねぇ。
隷米売国「アベノリスク」でしかないのさw だから「似非右翼」なのですよ。